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親が不知の自覚をするということ

問題の根源は?

子どものことで相談にみえる親は、全員ではありませんが、自分自身が教育能力や対処能力がないことを自覚していない人が多く、学ぶことをしない人たちです。
当然と言えば当然です。
「自分自身が教育能力や対処能力がないこと」を覚知出来なければ、学ぼうなどと思わないからです。

依存的態度

子どもについて悩んでいることや抱えていることの答えをすべて学校や教師・子どもに関する専門職に求め、指導によって無理やり子どもを従わせようとします。

教育の目標も方針もなく、甘やかすか厳しいか、とても偏っていることや、そもそも子どもに本当に必要な教育がされないまま小学生時代を送らせていたりします。

その結果、こうした問題が噴出してきたということを自覚しないまま他人に依存し始めます。

教育や指導は誰のため?

教育や指導自体がすべて社会に適応させることや親に従属させることを前提として行われています。子どもはそういうことに敏感ですから、いずれの場合にしろ学校や親を嫌がります。
そして、そのことに気づいていない親がほとんどなのです。
親を嫌がり、反抗し出すと「子どもが問題を起こす」として相談にくるようになるケースは後を絶ちません。

問題は誰のもの?

本来、親子の問題はどこまでいっても親子の問題なのです。それを学校や専門職が肩代わりしたり、制度やルールが肩代わりするなどできるはずがありません。
たとえそれがいじめや不登校といった深刻な問題であったとしても、まずは家庭で子どもにぶつかり合う覚悟で向き合うべき問題なのです。相談はダメと言っているわけではありません。相談はその次の段階であると言っているのです。

模倣させていたのは紛れもなく親

ここで明らかにしておきたいことは問題の根源についてです。

「子どもは模倣して育つ」ことや、「子どもの学力や態度は家庭環境のせい」ということを親が自覚しなくてはなりません。

幼少期の子どもは、白いキャンバスであり、そこにどんな絵が描かれるかは、まさに親によって決まるのです。身近にいて、幼少期に刷り込みを行っていたり、子どもが無意識に見て聴いて学習を繰り返すのは、その親の言動なのですから。

ここまでで、問題の根源は「親自身」ということがわかると思います。

子どもに問題を背負わせる

これを自覚出来ない親たちは、解決を目指す相談でなく、実は話しを聞いほしいだけで周囲の専門職などの時間を奪いに来ます。
子どもの問題としていますが、実は自分自身の問題を話すためだけに近づいてきます。

「子どもが問題を起こす」「悩んでいる」「暴力を振るわれる」などと言って、表向き子どもの問題として、実は自分の問題を撒き散らしていることに気が付きません。
自分が今まで子どもに模倣させてきた態度については、無自覚(または棚に上げる)すべてを子どものせいにしていることがわかります。

問題を子どもにすべて背負わせた親たちが次に示す態度・言動は決まっています。
教育関係者や子どもについて相談出来る人への「依存」です。

「なんとかしてほしい」→何故全くの他人が肩代わり出来ると思うのか
「どうすれば良いか?」→これを考えて実行するのは親

こうした依存的態度をとる親には、アドバイスなど耳に入りません。
自分自身が問題を誘発させた自覚がないか、または認めたくないからです。

また、緊急的に対処すると「私の言う事は聞かないけど(専門職)の言う事なら聞くと思う…」などと、どこまでいっても依存しようとします。

そして、そんな依存の態度に対して私が取る言動は、ここに書いているように「親の責任」であることの自覚を促すことです。

表面的なものでは何も解決しない

結構多いのは「自分が悪いことはわかっています。でもどうしたら良いのかわかりません。」などと開き直ったような話しをする親です。表面的に自分が悪いと言ってみたところで何も変わりません。子どもは見抜きます。
また本来、自分自身に原因があるとわかれば相談の必要などなく、問題の根源は何で、これからどうしていくのかなどが見えてくるからです。

「自分が悪いことはわかっている」と言いながら、今までとってきた態度を改めるようなことはありません。正確には「わかっていないから、改めることが出来ない」のです。

厳しいようですが、まず「子どもの問題は、親の責任である。親のしてきたことが子どもの問題として表出している」ということを理解しなければ、今の状況から抜け出すことはありません。

子どもとの距離が開くか、子どもが離れていくか、どうしようもないくらいの溝ができるかです。

「親の責任ではない」はウソ

「親の責任ではない」専門家を頼って良い!は真っ赤な嘘だと思っています。
正しくは、「親の責任であると自覚して学び、方針を決めてから、専門職を参考程度に頼っていい」です。

ところが、専門職に依存しようと近づいてきた親は「依存」が通用しないとわかった途端に話しをしなくなり、相談先を変えたりします。

より「あなた(親)は悪くない。」と、あくまでも「子どもの問題」として「子どもの問題行動に焦点を当ててくれる人」のところにいきます。一緒になって子どもの心をえぐります。親の無自覚がどれだけ子どもの心を傷つけているのかがわかります。

誰でも自分の問題点を自覚したり、指摘されるのは、心がえぐられる思いや過去を否定される気がして、気分の良いものではありません。ですが、それを押し付けられた子どももたまったものではないはずです。

親の起こしやすい問題行動

親の言動が子どもに与える影響は非常に大きく、それが将来、子どもの性格や行動、価値観、さらには生き方そのものに表れることは多いですね。例えば、

過保護・過干渉 → 自己決定力の欠如、依存的な性格

放任・無関心 → 自己肯定感の低さ、問題行動

感情的な叱責 → 人間関係のトラブル、怒りのコントロールが苦手

完璧主義の押しつけ → 挫折に弱い、挑戦を避ける

こうした親の問題言動が、将来的に子どもの社会での適応力や人間関係のトラブルとして表れることを考えると、親自身の学びや気づきが重要になります。

生きるということは、まさに生涯学習であり、子どもにとっても親にとっても、お互いに学び合うことが最も大切で尊いことです。

解決策はないのか?

親の問題言動が子どもに影響を与えることを踏まえ、親の問題言動が子どもに影響を与えてきたことを自覚した上で、智慧空間では解決策として2つのアプローチを提案します。

1. 親子の話し合いの場を設ける(直接的な対話)
目的:親と子が互いの考えを理解し、関係性を深める。
方法:「週に一度の親子ミーティング」を習慣化する。
感謝・気づき・悩みなどをテーマにした「お互いの気持ちを伝える日」を作る。
親が子どもに質問する時間を設け、子ども自身が考えを整理する機会を増やす。

2. 親子で共に学ぶ場を作る(読書を通した間接的な学び合い)
目的:親が子どもの成長を学びながら、自らの価値観を見直す。
方法:親子で参加できる「課題解決型ワークショップ」(例:日常生活の問題を一緒に考える)
「親子で読書をする機会」を設け、親と一緒に親子の価値観の違いや思いを知る。
「親子でチャレンジするプロジェクト」を実施し、一緒に目標を立て、達成までのプロセスを経験する。

親の言動は長い時間かけて子どもに蓄積・転写されたものです。それがあるとき、何かのきっかけで表出したものが「子どもの問題行動」ということはわかりました。

それらを子どもの専門職に依存して、一朝一夕に何とかしようなどとは考えないことです。子どもは必ずそうした甘い考えや態度を見抜きます。

一方で、腰を据えて「子どもとの関係を良くしていく」という決意や態度で親が学びなおしていけば、子どもはすぐに見抜きます。そして長い時間かけて親の想いを理解します。

子どもの言動を問題とせず、子どもが変わってくれることを望むのでなく、
親が変わり、子どもが健やかに成長する土壌を作ることが解決への第一歩です。

親であれ、子であれ、この世に生まれ縁があったということは、自分たちは不完全なもの同士であり高めていくために出逢い、ともに時間を過ごしていくのだということを学びましょう。

そのような修練のために「子どもの問題」という概念は不要なものです。この概念は思考を途絶えさせ、親子の成長をストップさせてしまうのです。

全てのはじまりは「親が不知の自覚をする」「端を発しているのは自分であるとわかる」ことからです。

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