今日は学校に行かない日。ここで一度、休もう。

病気ではないけれど、
今日は学校に行かない選択をする日。

理由をうまく言葉にしなくても、大丈夫です。

ここでは、話してもいい。
話さなくてもいい。

今はただ、一度立ち止まって整える時間です。

▶ 見学・説明を聞いてみる

暴行動画を見て

ニュースを見て憤る男子高世

「殴られていなくても、暴力は確かに存在する」

――栃木県立真岡北陵高等学校の暴行動画を見て、当事者として思うこと――

栃木県立真岡北陵高等学校で起きたいじめに関する動画を見て、胸が締めつけられる思いがしました。
それは、私自身が「暴行のないいじめ」を経験してきた当事者だからです。

私がされていたいじめには、殴る・蹴るといった身体的暴力はありませんでした。
しかし、日常的に次のようなことがありました。

  • 机の上に花を置かれる
  • 事実ではないことを言いふらされる
  • 近くで私にも周りにも聞こえるように悪口を言われる
  • 上履きの中にゴミを入れられる
  • 相談しても、教師はいじめている側の肩を持った

どれも一つひとつは「地味」な行為です。
当時の担任からは、「そんなことで騒ぐのがおかしい」「気にしすぎだ」「(胸倉をつかまれながら)お前がそんなだから色々言われるんだ!!」と言われ、説教されるのはいつも私の方でした。


「大したことではない」とされるいじめが、心を壊す

暴行がない。
血が出ない。
証拠が残りにくい。

そうした理由で、これらの行為は「いじめではない」と扱われがちです。
しかし現実には、

  • 朝起きるのが辛い
  • 毎日教室に入るのが怖くなる
  • 誰を信じていいかわからなくなる
  • 「自分はここにいる意味がない」と思い込む
  • 親には言えず一人で抱え込む

こうした心のダメージが、静かに、確実に積み重なっていきます。


いじめている側が100%悪い

そして、教師の対応には構造的な課題がある

私は、ここははっきり言うべきだと思っています。

いじめている側が100%悪い。
これは揺るがない事実です。

同時に、もう一つ、見過ごされがちな問題があります。
それは、教師が「いじめられている側への対応やケアを十分に行うことが難しい構造」があるということです。

  • 表面的な聞き取りで終わってしまう
  • 両者の言い分を「半々」にしてうやむやにしてしまう
  • 空気を乱さないことが優先される
  • 被害者に「我慢」や「大人の対応」を求めてしまう

これらは個々の教師の資質の問題ではなく、
学校という組織構造の中で起こりやすい現象だと感じています。

だからこそ、私はこう思うのです。

学校の中だけで抱え込まず、外部の視点が必要なのではないか。


現在の立場について

――学校の「外」でもあり「中」でもある立場から――

なお現在、私は福島県内の小中学校において、特別非常勤講師として箏の体験授業を担当しています。
非日常的にではありますが、現場に身を置く中で、子どもたちの表情や空気の変化、そして教師が抱える現実的な難しさも垣間見ています。

特別非常勤講師として学校に関わる立場だからこそ、
いじめは「特別な子どもの問題」ではなく、どの教室にも起こり得る構造の問題であることを、日々実感しています。
それは、私自身の過去の体験とも重なり合い、今もなお考え続けているテーマです。


学校と家庭の「間」で聞こえてくる、子どもたちの声

また私は、学校と家庭の間に位置する放課後児童クラブ(学童)において、管理者としても子どもたちと日常的に関わっています
そこでは、学校での出来事や友達関係、教室の雰囲気について、子どもたちから相談を受けることが日常です。

教室では言葉にできなかった思いや、
学校では「大したことではない」と流されてしまう違和感が、
学童という少し距離のある場所だからこそ語られることもあります。

私はその声に耳を傾けながら、
学校にも家庭にも偏らない立場で、子どもたちの現実を受け止めてきました。

こうした子どもたちの声をもとに、以前「智慧空間」の記事として発信したものがあります。
その記事は現在もアクセス数が群を抜いて多く、このテーマへの関心の高さがうかがえます。
教室に飛び交う「死ね」の言葉と子どもの心への影響

これは、いじめや学校での生きづらさが、
決して一部の子どもだけの問題ではなく、多くの現場で共有されている課題であることの表れだと感じています。


当事者として、実践者として、今伝えたいこと

私は、誰かを糾弾したいわけではありません。
教師を責めたいわけでもありません。

ただ、当事者の声と、現場で積み重ねてきた経験の両方を持つ立場として、今の学校現場に必要な視点を届けたいと考えています。

講演では、理論や理想論だけでなく、

  • 暴行のないいじめの見えにくさ
  • 被害者が追い込まれていく心理
  • 教師が陥りやすい対応の落とし穴
  • 明日から現場でできる具体的な関わり方

について、学校という現場を理解している立場からお話しします

子どもと教師、双方の立場を尊重しながら、
「学校の中で何ができるのか」を共に考える時間になればと願っています。


最後に

いじめは、誰か一人の問題ではありません。
そして、「気づかなかった」「悪気はなかった」では済まされない問題です。

もし、

  • 生徒への向き合い方に悩んでいる
  • 教職員研修のテーマを探している
  • いじめを“起きてから対処するだけ”で終わらせたくない

そう感じておられる学校関係者の方がいらっしゃいましたら、
ぜひ一度、お声がけください。

当事者の声だからこそ伝えられることがあります。
それは、次の誰かを守る力になると、私は信じています。

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